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2010年9月1日

チリ出張10日。

先日の記事に書いたように、8月21日に台湾を出発して、香港・ニュージーランドを経由してチリにやってきました。8日間、標高3000mの地点にあるALMA Operation Support Facility(OSF)に滞在して仕事をし、今はサンチアゴに降りてきています。天文学者は8日間のOSF滞在と3週間のサンチアゴ滞在を繰り返すシフトを組んで仕事をし、OSFではまた1日3交代制のシフトが組まれてそれにしたがって仕事をするのです。

僕がこちらでしている望遠鏡の立ち上げ試験(CSV)という仕事に関しては、上記の8月20日の記事をご参照いただければと思いますが、実際に参加してみて、だいぶ現状が把握できました。

標高5000mに運ばれた望遠鏡を標高3000mのOSFにあるコントロールルームから制御して、様々な試験観測がおこなわれています。試験観測と言ってもまだまだ初歩的なもので、例えば低温強風の厳しい環境下でも時間とともに刻々と動いていく天体を電波望遠鏡で高い精度で追尾できるかどうか、あるいはフォーカスのずれは想定通りか(温度によってごくわずかに部品の伸び縮みがあるので、ピント位置が若干ずれる)、天体から放射される電波の強度をきちんと測れているか、実際の観測で行われるような様々なセッティングでの観測を試験してみてトラブルが起きないかどうか、などです。正直言ってまだトラブルはでてきますが、それを早めに出しておいてきちんと対処するというのがこの立ち上げ試験観測の目的でもあるので、コンピュータグループ、アンテナグループなどが粛々と対処を進めています。

立ち上げ試験には様々な項目があるので、それぞれチームを作って担当者を決めて進めていきます。担当が割り振られたら、どのように望遠鏡を操作してその試験項目をチェックするか考えて望遠鏡を動かすプログラムを書き、それをオペレータさんに実行してもらいつつ隣でそれを見守って、ちゃんと期待通りに動いているかどうかチェックします。何かトラブルがあれば原因を探り、ちゃんと試験観測が実行されれば取れたその場で(あるいはサンチアゴに帰ってから)データを解析します。その解析結果から、その試験項目がクリアできているかどうか判断するわけです。そして結果を専用のウェブサイトにまとめ、毎日のOSF-サンチアゴオフィス間のテレビ会議で報告し、その次の試験項目を検討する、という流れになっています。

このテレビ会議が実は曲者。ALMAは東アジア・ヨーロッパ・北米・チリの合同プロジェクトであるため、いろんな国出身の人が集っています。というわけでメンバー(日本人も含めて)が話す英語はそれぞれのお国訛りがあって、もちろん個人的な口調の違いもあって、聞きとりやすい英語と聞きとりにくい英語が入り乱れて一苦労。しかもALMAは専門用語を略語にすることが多くて、これも把握するまでがまた一苦労。頻繁に登場する略語については少しは慣れてきましたが、英語についてはまだまだですね。

写真は、OSFの建物(左)と日本(国立天文台/三菱電機)のアンテナ組み立て評価エリア。どこまでも青い空に、白いアンテナと白い建物がよく映えます。湿度数%の厳しい環境ですが、今まさにALMAが立ちあがっていくという所に参加できるというのは感慨も大きいものです。僕はまた来週月曜日からOSFに8日間滞在して、今度は本格的に仕事をしていくことになっています。

投稿者 平松正顕 : 23:09 | 海外出張日記 | コメント (0) | トラックバック (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - http://www.tenpla.net/cgi/hlog/archives/2010_9_1_312.html

2010年8月20日

チリ出張

またまたごぶさたしてしまいました。
このところ忙しかったのは、表題のとおり、チリ出張に出かけることになっているからです。今週土曜日から2カ月、チリに出張してきます。最後の一週間は、スペイン・カナリア諸島で開催される研究会"The Origin of Stellar Masses"に参加して、ヨーロッパ・アジアを超えて帰ってきます。初の世界一周チケットでの出張です。

2ヶ月もチリに行って何をするか。観測ではありません。このブログでも何度か書いている通り、国際協力のもとで新しい電波天文台ALMAがチリに建設されています。来年の観測開始を目指して建設と調整が急ピッチで進んでいて、その活動に参加するための出張です。

望遠鏡は、工場で作って建設予定地に置けば動く、というものではありません。設計段階から何度も何度も評価試験を繰り返し、そののちにやっと製造。作ったら、ALMAの場合はチリに持っていって再調整。ALMAに使われる口径12mや7mのパラボラアンテナは完成形で持っていくわけにはいかないので、現地でもう一度組み立てる必要があります。製造業者が再組み立てを行い、そこに研究者も加わって評価試験を繰り返し、ALMAの要求する仕様を満たしているかどうかが厳しくチェックされます。このチェックが終わったら、製造業者からALMA観測所に所有権が移動します。この後も、観測所のスタッフがさらに様々なチェックや性能向上のための作業を行い、世界最高性能の電波望遠鏡を実現するための努力が重ねられます。

ALMAは、非常に複雑なシステムです。パラボラアンテナ型の電波望遠鏡、その中に搭載される受信機(デジカメでいえばCCDに相当するようなもの)、たくさんのパラボラアンテナで受信された信号を処理する「相関器」と呼ばれる専用スパコン(再度デジカメで例えるなら画像処理エンジン)、その他もろもろの部品と、それらを制御するソフトウェア。数多くのテストをクリアしてきた個々のコンポーネントはそれぞれの仕様を満たしているはずですが、それを統合してひとつの巨大な電波望遠鏡として稼働させるには、さらにいろいろな作業が必要です。この段階の作業のことを、ALMAではCSV (Commissioning and Science Verification)と呼びます。日本語にすると何でしょうね、「試験運用・科学評価活動」とかでしょうか。チリでは、このCSVに参加します。

現地には、世界中から天文学者が集まってこのCSVを進めています。ALMAのウェブサイトのニュースにあるように、現在建設地の標高5000m地点には、パラボラアンテナが7台あります。これが最終的には66台になるわけで、これからどんどんアンテナと受信機が運び込まれ、まだまだCSVは続きます。

来年、パラボラアンテナと受信機が16台そろった時点で、ALMAは観測を開始する予定です。この時点ですでに世界中にある同種の電波望遠鏡を大きく上回る性能を持っているので、全66台がそろうのを待たずに観測を始めます。来年観測が始まってからもどんどんアンテナと受信機と相関器が追加されていき、観測と並行して新しく来たコンポーネントのCSV活動が行われていく予定になっています。

個人的には、大学院時代に5回チリに行って以来、3年ぶりのチリ渡航です。最初にチリに行った2003年時点では、今アンテナが立っている標高5000m地点にあるのはコンテナハウスがいくつかと、将来ALMAのアンテナが設置される場所を示す小さな木の札でした。それがもうアンテナが7台、そしてあと2年くらいのうちにアンテナが66台に。長い出張で不安もあるのですが、楽しみであるのは間違いありません。

現地に行っても、時間を見つけてこのブログを更新していきたいと思います。よろしくお付き合いくださいませ。

投稿者 平松正顕 : 00:01 | 海外出張日記 | コメント (1) | トラックバック (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - http://www.tenpla.net/cgi/hlog/archives/2010_8_20_311.html

2010年7月19日

プラズマ科学夏の学校で講演

ごぶさたしてしまいました。
日本での3連休の声を聞きながら、今日は台南市にある国立成功大学に行って講演をしてきました。この大学はプラズマ科学に強いのですが、ここでPlasma Science Summer Schoolが開催されていて、その中の講義の一つとして、チリに建設中のALMAの紹介をしてきました。

もともとアサインされていた方が急用で参加できなくなり、ピンチヒッターとしての参加だったのですが、90分の講演を英語でやったことはこれまでになかったので(というか、日本語でも90分の講演はほとんど経験ない)、プレゼン準備からして大変でした。さらに、聴衆はプラズマ科学に関心のある大学院生と学部生、必ずしも天文学、特に電波天文学に詳しいわけでもありません。という説明は事前に受けていたので、基本からの説明を含んだプレゼンテーションを組み立てたのですが、太陽物理や太陽系内プラズマの観測ならまだしも核融合とかを専門にしている(したい)学生もいて、さらに基礎から準備しておけばよかったかもしれない、と講演の途中で思ったりしました。

とは言っても、講演の目的はALMAに使われる電波干渉計の技術の基礎を教えることではなくて、ALMAというパワフルな望遠鏡がもうすぐできるから関心を持ってみてね、と促すことだったので、そのあたりの目標はなんとか達成できたんじゃないかな、と思います。こういう研究コミュニティ向けプロモーションも、ユーザーたる研究コミュニティとALMAプロジェクトを繋ぐALMA地域センターの仕事の一つ。学部生もいたので英語に難がある場合もあったかもしれませんが、中国語で講演できない僕にはそこはどうしようもできないので・・。

急な講演依頼だったので結構大変でしたし2,3日論文を書く手を止めざるをえませんでしたが、それでもプラスにはなったかなと思います。ここで作ったプレゼンテーションは適宜改訂しながらこれからも使っていくことになるでしょうし。さてさて、また論文書きに戻らなければ。

投稿者 平松正顕 : 23:31 | 研究生活@台湾 | コメント (0) | トラックバック (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - http://www.tenpla.net/cgi/hlog/archives/2010_7_19_310.html

2010年6月21日

はやぶさ・イカロス 海外での反応

先日のブログエントリに続いて、「はやぶさ」の海外での反応についてまとめようと思います。せっかく日本の外にいますので。

帰還数日後、台湾のテレビ局東森新聞台(ETTV)で、30分以上にわたって「はやぶさ」の帰還と、つい先日金星探査機「あかつき」と一緒に打ち上げられたソーラー電力セイル実証衛星「イカロス」についての番組が放送されていました。たまたまつけたテレビで見つけ、途中から見ていました。中国語が聞き取れなくても中国語字幕はなんとなく意味がつかめるのがよいところ。動画は星コンスタッフブログにまとめられているようです。この番組は一人の司会者が数人の専門家に話を聞く形式だったわけですが、JAXAやNHKのCGを使いながら「はやぶさ」「イカロス」に使われた技術や「はやぶさ」のイトカワ探査の意義(地球接近小惑星への対処)などが取り上げられていました。この番組、実は前にも見たことがあるのですが、怪しい番組だなぁ、という印象しかなかったのです。電波望遠鏡で暗黒物質を観測するとか(たぶん暗黒物質と暗黒星雲を取り違えてる)、暗黒物質が地球と太陽の間に入ってきて地球が寒冷化するとか、そういう怪しいことをしゃべってる「専門家」が出てたので。そんなこと言ってるのは特定の人なんですが、今回はその人はスタジオにいなかったのが良かったのかもしれません(笑)。とにかく、こんなに時間を割いて放送してくれるなんてすばらしいことです。

台湾の新聞もいくつか取り上げていました。例によって漢字から意味を推測するくらいですが。
燃燒火鳳凰「隼號」太空船成功返地球 激發日人熱情
日無人太空船隼鳥號著陸 解宇宙之謎


アメリカ惑星協会も、「はやぶさ」「イカロス」を大きく取り上げています。今日現在惑星協会のトップページには "Welcome Home Hayabusa!" の文字が躍っていますし、協会の代表であるLouis D. Friedman氏も"The Hayabusa Adventure"として称賛の文章を寄せています(6月23日追記:松浦晋也さんのブログにて、日本語訳が公開されています。『松浦晋也のL/D 惑星協会フリードマン博士の文章を翻訳しました』)。「はやぶさ」「イカロス」について多くの記事をブログに書いているエミリーさんもAmigurumi を作ったりなんかして。

また、惑星協会のポッドキャスト、Planetary Radioでも「はやぶさ」「イカロス」が大きく取り上げられています。帰還前の6月6日配信分でも、「はやぶさ」の最終軌道修正が終了したということに言及されています。また「イカロス」の帆の展開を見にJAXAを訪れたFriedman代表の(成田空港のラウンジからの)インタビューもあります。「企業と学生とプロフェッショナルの協力が素晴らしい」「政府機関と産業界の協力が非常にうまくいっている。アメリカでも同様の協力がこれからより盛んになるだろう。」「(惑星協会が構想するソーラーセイル計画に対して)技術的にもお互いに学ぶところがある。」そして「(金星探査機「あかつき」も含め)3つのエキサイティングな惑星間ミッションを400人のJAXAでやってるのがすごい」との称賛ぶりです(JAXAのウェブサイト見ると職員数1600人となってるので、ここは何かの勘違いのようです。これらのミッションを担当している宇宙科学研究所は職員数300人くらいだそうなので、それと混同してるのかもしれません。いずれにしても、それくらいの人数の部署でやってるというのは変わりませんが)。また、新代表に選出されたBill Nye氏は、つい最近民間企業初のロケット打ち上げを成功させたスペースX社のFalcon 9と日本のソーラーセイル実証機「イカロス」の2つが、宇宙に行き宇宙を航行する新たな道を提供するマイルストーンである、と述べています。

また、「はやぶさ」帰還直後6月13日(アメリカ時間)配信分では、帰還成功とNASA DC-8から空撮されたようすを伝え、また日本での盛り上がりの様子も関心を呼んでいるようで、とてもemotional (感情的)で、漫画や動画など uniquely Japanese way(日本独特の方法)で一般に浸透した、と評されています。Bill Nye新代表は「はやぶさ」帰還を"Cool!!"を連発して称えています。

「はやぶさ」もそうなのですが、「イカロス」への惑星協会の注目度が高いのは理由があります。それは彼らもソーラーセイルを実現しようと頑張ってきたから。2006年8月27日、国際天文学連合の総会@プラハで惑星の定義が採択された直後のPlanetary Radioでも、惑星協会の会員募集の中でアポロ11号の飛行士バズ・オルドリン氏が惑星協会のミッションを語るなかで、「世界初のソーラーセイルを作ります。」と言っています。実際これまで試験機を2回打ち上げていますが、いずれもロケットの不具合でソーラーセイルの実験をする前に失敗。そんな中、日本から打ち上げられた実証機が宇宙で帆を広げたというのは、彼らにとっても見逃せないニュースなのでしょう。Bill Nye氏が言っているように、「宇宙開発と言えばNASAの独壇場」という時代ではなく、Space Xのような民間企業や日本をはじめとするアジアの国々も力をつけてきているというのが彼らにも如実に感じられる1週間だったということでしょう。

そして海外だけじゃない、日本のすばらしいまとめ記事 by アスキー。注目が集まっている今だからこそ受け入れられる濃く深い内容かもしれませんが、断片的な情報じゃなくてこれまでとこれからをきちんとまとめられた記事が今絶対に必要ですね。

投稿者 平松正顕 : 22:16 | hiramatsu log | コメント (0) | トラックバック (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - http://www.tenpla.net/cgi/hlog/archives/2010_6_21_309.html

2010年6月16日

はやぶさ帰還!

小惑星イトカワへの7年にわたる長い旅路を終えて、探査機「はやぶさ」が地球に帰還しましたね。テレビや新聞、ネットでも大きく報道されているようですが、台湾からもネット中継で「その瞬間」を目にすることができました。予想以上に明るく長く輝きながら散っていく「はやぶさ」本体と、そのすぐ前を飛ぶサンプル回収カプセルの映像は、とても素晴らしかったです。カプセルも無事回収され、間もなく日本に移送されるそうで、それも素晴らしいことです。「はやぶさ」は設計より長い時間を宇宙で過ごすことになったわけで、パラシュートが開かず地面に激突したNASAの太陽風サンプルリターンミッション ジェネシスのようになりはしないかとひそかに心配してました。本当に無事でよかった。

ここには、NASAが飛行機から撮影した「はやぶさ」大気圏再突入の映像を転載しておきます。


現地から中継してくださったLIVE! UNIVERSE/和歌山大学の皆さんの動画はこちら。明るく空を照らすはやぶさがきれいに映っています。NHKニュースの映像はNASAのよりも高精細でより素晴らしいです。この映像はそのうち消えてしまうのかもしれませんが・・・。

もういろんなところで報道されたりブログに書かれたりしていますが、幾多の苦難を乗り越えた
「はやぶさ」(とそれを支えたスタッフ)に対して、ちょっと他では見られないくらいの盛り上がりが生まれています。擬人化された漫画や動画が作られ、それがまた次の波を呼び寄せるという形で大きく広がったようです。一方で、こういった盛り上がりは「はやぶさ」ミッションそれだけを考えた場合には付加的な「物語」ではあるわけで、これで盛り上がることに不安や不快感を抱く方も少なくはないようです。僕としては、物語的な付加価値が興味の入口になってもいいとは思います。ただしその付加価値だけが大きく取り上げられると、それこそ本末転倒になってしまいます。今回の件ではやぶさや宇宙探査に興味を持ってくれる人は増えたと思うので、それを今後どう活かしていくかを考えなくてはいけません。まずは、はやぶさの位置づけをきちんと伝えることが重要だと思います。イオンエンジン長時間稼働やイトカワ周辺での自律航行は、次世代の本格的探査機のための実験であって、準備段階に過ぎないのです。「はやぶさ」はMUSES (Mu Space Engineering Spacecraft)というコードネームが示す通りそもそも技術試験機なので、今回起きた様々なトラブルを回避できるような次世代機を作って運用することが重要なわけです。ハレー彗星を接近観測した「さきがけ」・「すいせい」、目的地・火星にたどり着けなかった「のぞみ」、そして今回の「はやぶさ」と、惑星間航行についてはトラブル対応も含め経験が蓄積されています。金星に向かってる「あかつき」と計画中の「はやぶさ2」、その後に続くであろう探査機にこの貴重な経験は活かされなくてはいけません。

それはそれとして、この一連の盛り上がりのプロセス、ぜひ科学技術社会論とか文化論あたりの研究をしている方にはぜひその視点からまとめてみてもらいたいんですよね。どなたか院生の方、修士論文や博士論文のテーマにいかがでしょう。

さて今回の劇的な帰還とそれに伴う盛り上がりが、社会にもいろいろな影響を与えているようです。今日は参議院本会議で「はやぶさ」後継機に関する質疑がなされたそうですし、菅首相をはじめとする政治家のみなさんからの発言も相次いでいます。なんだか今まで予算的な問題で進展の乏しかった「はやぶさ2」も、にわかに予算化の可能性がでてきたようです。もちろん国民の意見を聞いて施策を変えていくというのは悪くはないのですが、取ってつけた感が否めません。自民党の谷垣総裁が「仕分けで「はやぶさ2」の予算が切られた」とtwitterでおっしゃってますが、仕分け以前の自民党政権時代からこれは予算化されてなかったじゃないか、というのは多くの方が突っ込んでいるところでありますし、もう少し深いところから戦略を練っていただきたいところです。

「はやぶさ」は技術試験機としても小惑星探査機としても素晴らしい成果を残しましたし、サンプル回収成功ならもっとすごい成果が得られるわけですから、後継機の開発は進めるべきと思います。が、ここまで目立たずとも着実に成果を上げてきた他の衛星もあるし、もっといえば惑星探査以外の分野の研究プロジェクトもあるわけで、そこをどう手当てするかはきちんとした戦略が必要です。税金が元手の研究なので、成果や状況がわかるようきちんと広報することは大事です。でもだからって、目立ってるプロジェクトだから予算をつける、みたいな風潮じゃ早晩行き詰るでしょう。簡単じゃないのはわかるのですが、もうちょっと広い視野で全体を見渡してほしいです、特に政治家の皆さんには。

この記事の中ほどに書いた、「はやぶさ」の意義について。関連するブログ記事を実は一度書いたことがあります。「はやぶさ」がイトカワに着陸し、その後通信が途絶したのが2005年12月8日。その月の終わり(2005年12月29日)にある報道を受けて書いたのが、『失敗と成功 -はやぶさの場合』。 もう5年も前なのでいま読み返すと自分で突っ込みたくなる部分が無きにしも非ずですが、基本的な考え方は今も変わっていません。今回の「はやぶさ」帰還の成功とカプセル回収成功によって、「失敗と成功」を考える最終段階が近づいてきました。カプセルの中にイトカワの試料が入っているかどうか分かるのに数カ月かかるようですが、入っていても入っていなくてもプロジェクト全体を「成功」「失敗」の一言で片づけてしまうのではなく、何がどうだったのかをきちんと見て判断し次につなげていかなくてはいけないと思います。「失敗したから予算削減」「成功したから予算増額」ではなく、その先どういう方向に行きたいのかを意識しないといけないでしょう。政治家や官僚の皆さんも、研究者などの専門家もメディアも見守る非専門家も。その意味でも、「はやぶさ」についてはまだまだ目が離せません。

投稿者 平松正顕 : 00:28 | hiramatsu log | コメント (2) | トラックバック (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - http://www.tenpla.net/cgi/hlog/archives/2010_6_16_308.html

2010年5月22日

月と金星

昨日、JAXAの種子島宇宙センターから金星探査機「あかつき」と太陽帆船(ソーラーセイル)実証機「イカロス」、それに大学が作った小型衛星4機が無事打ち上げられましたね。中継を見ていましたが、カウントダウンが進むにつれてこちらまで緊張してきてしまいました。「あかつき」が金星に到着するのは半年後だそうですが、無事にたどり着いてたくさんの画像や観測成果でいろんな驚きを届けてほしいものです。

さて、その金星探査機の打ち上げに合わせるかのように、先週日曜日(5月16日)の夕刻に西の空で、月と金星が近づいて見えていました。日本でもお天気の良いところが多かったようでネット上にもいろんな写真が出ていましたが、こちら台湾でもこの日は晴れていて、住んでいるマンションの屋上でこの接近を楽しむことができました。

右上の写真は、300mmの望遠レンズで撮影した月と金星。月の暗い側には、地球照(地球で反射された太陽光が月面を照らしている)もうっすらと写っていて、月面の模様もわかります。うちのマンションから見ると西側は新竹市の市街地に当たるので空が明るく、これ以上露出を延ばすと空の方も明るくなってしまうのでなかなかバランスが難しいところです。一方で月の輝いている部分は露出オーバーになってますが、光ってる部分と暗い部分の境目のあたりには月面の凹凸とクレーターが見えますね。すぐ近くで光っている金星、台湾からではこれ以上月に近づくことはなかったのですが、東南アジアなどでは金星が月に隠される金星食が観測できたようです。



上の写真は、時間を追うごとに変わっていく月と金星の位置関係を追いかけたものです。月が地球を回っている関係で、金星の方が動きが速く月が置いていかれるように見えます。この写真は、『「昨夜の月と金星」 ツイッターにアップされた素晴らしい写真 12選』にも選んでいただきました。写真自体というよりは、写真撮って即座に4枚並べて合成したことがよかったのかもしれません。twitterで転送してくださった皆さんにも感謝です。高解像度版はこちらにおいてあります。クレジットさえ入れていただければ、ご自由にお使いいただいてかまいません。

僕の写真は時間間隔もバラバラで計画性のない撮影だったことがばれてしまうのですが、キッチリ10分間隔で撮影された写真(@kazufukudaさん撮影)もあります。神戸での撮影だそうですが、僕が撮ったのと比べると、同じ時間(僕のは台湾時間表示なので、日本時間にするには1時間プラス)でも月と金星の位置関係が違うことがわかります。実際の宇宙空間で地球から月と金星までの距離が大きく違うことの反映ですね。まあ当たり前のことなんですけど。

その当たり前も、この写真から再考することができます。この二つを比べることで、おおざっぱに月までの距離を計算してみましょう。まず、金星はとっても遠くにあるので台湾から見ても神戸から見ても位置は変わらないということにします。台湾新竹-神戸間はGoogleMapによると1700kmです。そして台湾で19時34分(日本時間20時34分)に撮った写真と神戸で20時30分に撮られた写真を比べてみると、この2地点から見た月の位置のずれはおよそ月の直径(0.5度)の1/3(=0.17度)。これを図にすると下のようになります。これをもとに非常におおざっぱに月と地球の間の距離を求めてみると、170km / sin(0.17度)=57万km。実際の距離は38万kmですので見積もり結果の方がちょっと大きい値になってしまっていますね。実際には神戸-新竹を結ぶ線と地球-月を結ぶ線が直交しないなど、図のような単純化が極端すぎるのがこの違いの理由ですが、まあだいたい数10万kmというくらいの精度ではあってると言えるでしょう。



天体までの距離を決定するということは、天文学では基本の基本です。太陽から数百光年以内の星までの距離は年周視差測定という方法で測りますが、これも上で月までの距離を測ったのと同じ三角測量です。ただし星までの距離は月までの距離よりずっと大きいので、地球の2点から見上げるのでは測ることができません。地球が太陽のまわりを公転するのを利用して、軌道上で太陽のあっち側とこっち側から星を見込む角度の違いを測定することになります。上の図では神戸・台湾間が1700km離れていますが、年周視差を測る場合はこの距離が地球の公転軌道の直径3億kmになるわけです。

今回の月と金星の接近というのは比較的珍しい現象でしたので、天候に恵まれ見て楽しむことができたのはラッキーでした。そしてこうやって距離を求めてみるなどもう一歩踏み込んでみると、見て楽しむのとはちょっと違う、宇宙の奥行きまで感じることのできる機会でもありました。こういう天文イベントを別の視点で見てみるのも、またひとつの楽しみ方と言えるでしょうね。

投稿者 平松正顕 : 22:43 | hiramatsu log | コメント (0) | トラックバック (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - http://www.tenpla.net/cgi/hlog/archives/2010_5_22_307.html

2010年4月23日

宇宙から見たALMA、其の二

3月31日のエントリで、宇宙飛行士の野口さんが宇宙ステーションから撮影されたALMAの山麓施設の写真を紹介しましたが、野口さんがまたALMA建設地のあたりの写真を撮ってくださってました。こういうのがネットを通じて簡単に手に入るというのはすごいです。

元の写真をちょっと加工させていただいて、近くの村の名前とこの写真に写っている(はずの)望遠鏡の名前と位置を入れてみました(上の写真をクリックすると多少大きくなります。)。この写真に写っているのは横幅70〜80kmくらいの範囲です。左下に広がる白い地域は、アタカマ塩湖。ウユニ塩湖に次いで世界第二の広さの塩湖だそうです。その他は茶色の不毛の大地が広がってますが、左上の緑がかった部分がオアシスの村、サンペドロ・デ・アタカマ。大学院時代に僕が観測のために出張していたときには、この村に宿泊していました。写真中央下には、もう一つのオアシスの村、トコナオが写っています。岩がごろごろしている砂漠地域に突然植生が現れる、なんとも不思議なオアシスたち。砂漠との境界はとてもシャープで、だんだん緑が減って行って砂漠になるのではなく、ある境界線を境に突然緑が失われます。地下水脈とかどうなってるんでしょうね。

上に挙げた場所は標高2500mくらいのところにありますので、もうすでに十分アンデスの高地なのですが、天文観測施設はもっと標高の高い所にあります。写真中央が、ALMAの山麓施設OSF。標高は3000m弱、アンテナのメンテナンスや望遠鏡の運用をここから行います。このOSFから細く右に延びる道を行くと、ALMAをはじめとする様々な望遠鏡が置かれた地域にたどり着きます。このへんが標高5000m。

ここにある望遠鏡をあげてみると。僕が大学院時代にお世話になった国立天文台+大学の協力で運用されているASTE、名古屋大学のNANTEN。ヨーロッパ南天天文台+ドイツのマックスプランク研究所が運用するAPEX、カリフォルニア工科大学他のCBI、プリンストン大学他のACT、東大のTAO。そしてALMAの66台以上のパラボラアンテナ群は、CBIやAPEXがあるあたりの比較的平らな台地に展開されます。ここに挙げたもののうちTAOは赤外線望遠鏡ですが、それ以外は全部電波望遠鏡です。TAOはチャナントール山の山頂、ACTはトコ山の山頂に置かれていて、標高は5500mを超えます。望遠鏡にたどり着くのも命がけ。これも乾燥して天気が良いという条件を追い求めた結果です。

ALMAは、来年から観測をスタートさせます。そのための望遠鏡や受信機の調整などがこの写真に写っている地域で今も続けられています。僕も今年の夏くらいには現地に出張してそれをお手伝いすることになると思います。

ついでにご報告ですが、この4月から台湾のALMA Regional Center (ARC) Astronomerになりました。ARCはALMAでの観測をスムーズに実行するために、ALMAに参加する北米、ヨーロッパ、東アジアにそれぞれ設置され、各地域の天文学者に対する観測提案作成支援、データ解析の支援、チリに出張しての望遠鏡の運用支援などを行います。身分的には年限付き契約のポスドクであることに変わりはありませんが、よりプロジェクト寄りの仕事もしていくことになりました。これまで「夢の天文台」として語られることの多かったALMAですが、もう少しで動き始めることになります。いい成果が出せるようにしっかり準備しなくちゃ。

投稿者 平松正顕 : 23:16 | hiramatsu log | コメント (0) | トラックバック (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - http://www.tenpla.net/cgi/hlog/archives/2010_4_23_306.html

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