★☆★☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆ [6]【コラム】「春の夜に、赤い星を仰ぐ」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆ ★☆ 夜20時過ぎ、南東の空を見上げるとそこには赤い星がひときわ明るく輝いていま す。明るさはマイナス1.4等星と、群を抜く明るさです。その傍には真珠星とも 称される、白く輝くおとめ座の1等星スピカがあり、2つの星の色の対比がまた美 しいでしょう。満月の今夜(15日)には、月の少し上にこの星たちを見つけること ができるはずです。 この時期一晩中見ることのできるこの星は、太陽系4番目の惑星であり、地球の すぐお隣の惑星でもある、「火星」です。この火星は、約2年ごとに大きく ニュースに取り上げられ、注目を浴びています。なぜなのでしょうか。実は、火 星は約2年2ヵ月毎に地球に接近し、そのたびに大きく、明るく見えるようになる ために、話題になるのです。 記憶に新しいのは、2003年8月の大接近です。この年の火星は、およそ5600万キ ロメートルまで近づきました。これを越える接近は、前回はおよそ6万年前。次 回はおよそ300年後ということで、大きな話題となりました。マイナス2.9等で輝 く火星を望遠鏡でひと目見ようと、国立天文台の観望会にはおよそ2500名の人が 観望に訪れたのです。まさに火星ブームの到来です。これ以降、火星の接近の度 に世間の話題になるようになったと言っても過言ではないでしょう。 地球と火星の接近がなぜ約2年2ヵ月毎に起こるのでしょうか。それは地球と火星 が太陽の周りを回る速さ(公転速度)に関係しています。火星より内側の軌道を まわる地球は、火星に比べて公転速度は大きく、その結果、一周にかかる時間で ある公転周期も短くなるのです。 地球の公転周期は1年(365日)ですが、火星の公転周期は地球での約1.88年(約1年 10ヵ月)にあたります。地球と火星がよーいどんで並んでスタートしたとして も、地球は火星よりも先に一周し、その後、周回遅れの火星に追いつき、追い越 すような動きをすることになります。それが、約2年2ヵ月の周期で繰り返し起 こっているのです。 もうひとつ大事なことは、接近時の距離です。2003年には大接近をしましたが、 2014年の接近時にはその距離はおよそ9200万キロメートルで、2003年の接近に比 べるとおよそ1.6倍の違いがあります。なぜなのでしょうか。 実は、これは地球と火星の公転軌道の形に原因があります。ご存じの通り、地球 も火星も太陽の周りを回る円形の軌道を持っていますが、正確には真円ではあり ません。楕円なのです。地球の公転軌道はほぼ真円に近い楕円なのですが、火星 はもう少しゆがんでいます。そのため、地球と火星が接近するタイミングによっ て、楕円のどこの部分で近づくかが変わるため、その距離が異なるのです。 今は接近毎にだんだんとお互いの距離が近づいています。次回お互いが最も近づ くのは2018年の7月31日(大接近、距離約5700万キロメートル)。大接近と小接近 (距離約1億キロメートル)とでは火星の見え方が、特に望遠鏡で見た場合に表面 の明暗模様もかなり違ってきます。火星表面の地形の様子は、みかけの大きさが 大きい方がよりはっきり見えるので、大接近の時が絶好の観望のチャンスとなり ます。2018年が待ち遠しいですね。 さて、火星の表面にはさまざまな見所があります。太陽系最大といわれるマリネ リス峡谷やオリンポス火山…。この火星独特の地形が模様となって見えるわけで すが、その見え方は季節によって違います。 実は火星は地球と同様、地軸の傾きが約25.2度(地球は約23.4度)あるため、四季 があるのです。今回の接近時は、火星の北半球の春から夏にかけて。ちょうど日 本と同じような季節ですね。もっとも、同じと言っても地球以外で「季節」とい われるとイメージが難しいのですが、火星の北極・南極にあるドライアイスでで きている極冠が広がったり、小さくなったりする現象が最もわかりやすい季節を 知る手がかりかもしれません。また、薄いながらも大気が存在するため、砂嵐が 発生して地表面が見えなくなることもあります。 火星は人類によって最も興味を抱かれ、観測・探査されている天体の1つと言え るでしょう。過去から現在に至るまでさまざまな探査機が火星に向かいました。 近年では2012年8月にNASAの火星探査機Curiosity(キュリオシティ)が火星に着陸 した際、火星の地表の様子が鮮明に撮影された写真は、ニュースなどで見かけて 記憶に残っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。この探査機は現在も 調査を続け、火星がかつて生物が生息可能な環境だったことを見つける等、多く の成果をあげています。 かつては19世紀後半、火星を望遠鏡で観察したところ、表面に見える不思議な模 様が発端となって、火星には運河があると誤解され、火星人がいると考えられた 時代もありました。過去の観測結果から火星人の存在は否定されていますが、現 在、火星には水の氷の存在が確認されているなど、地球外生命体が存在してい た、存在するかもしれない、その可能性が高い環境が「火星」にはあったのでは ないかと考えられています。 今回の接近では、望遠鏡を使い条件が良ければ北極冠が見えるなど見た目を楽し むこともできます。春の宵に、地球外生命体に思いを馳せて火星を見上げてみる のも一興ではないでしょうか。 浅見奈緒子 日本教育大学院大学/天文学普及プロジェクト「天プラ」