★☆★☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆ [5]【コラム】「土星はコワいかカワイイか?」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆★☆ 「土星はコワいかカワイイか?」 花粉の時期も一段落し、そろそろ梅雨かと思いつつ、夏の気配を感じさせるよう な日もある今日この頃ですが、体調などは崩してはいませんでしょうか。梅雨に 入って悪天候が続くと星空は見えませんが、星空は着々と夏の星空の準備を始め ています。今夜の満月の少し後に、赤い星が昇ってきます。これは夏の星座の代 表的な星座であるさそり座のアンタレスです。もう夜空には、夏の星座が登場し はじめているのです。 今回のコラムで取り上げるのは、見頃を迎えた土星です。土星は、5月11日には 太陽ー地球ー土星が一直線に並ぶ「衝」の位置となりました。この衝の前後の時 期は、夕方に東の空から昇り、真夜中に南中し、明け方に西の空へ沈むため、ひ と晩中土星を見ることができるのです。ちょうど今晩は、土星は満月を挟んでア ンタレスの反対側に明るく輝いているでしょう。 土星の英語名はもちろん「Saturn」ですが、他の惑星同様、神々の名前が語源 となっています。しばしば誤解されていますが、キリスト教などで出てくる「サ タン(Satan: 悪魔)」ではなく、ギリシア神話に出てくる神様であるクロノス (Kronos)が、その語源であると言われています。このクロノスは、ローマ神話で は農耕神であるサートゥルヌス(Saturnus)にあたるため、そこから「さたーん」 と呼ばれるようになりました。 農耕は人々にとって重要な営みです。ですから、農耕神ならば良い神様(?)か と思いきや、神話によれば、あまり良くないイメージの神様でもあります。絵画 に詳しい方であれば、ゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」という絵をご存知 かもしれません。 今回は、土星にまつわる神話としてはちょっと珍しい、インドの神話をご紹介し ましょう。古代インドを源流とするヒンドゥー神話の中では、土星である「シャ ニデブ」は非常に恐ろしい神とされています。 有名なラーマ神(ヴィシュヌ)の父であるダシャーラタは、非常に力のある王で した。ある時、占星術師たちが、「もうすぐ土星がおうし座の三角形を横切りま す。この現象は地球上全ての生き物に災いをもたらします。王の力で土星の災い から地球を救わなければなりません。土星が三角形を横切る前に土星を攻撃する のです。」と進言しました。 ダシャーラタ王は、空のかなたにいる土星をどうやって地上の人間が攻撃すれば いいのかと途方にくれ、大賢人バシシュタのところへ行き助言を求めました。す ると大賢人バシシュタはダシャラータ王に言いました。「王よ、あなたは地球上 の全てのいのちを守るのが使命であり、そのための力をお持ちです。あなたの戦 車は水中でも、地上でも、空中でも縦横無尽に走ることができます。」 これを聞いたダシャラータ王は土星と戦う決意をし、戦車を駆ってスーリヤマン ダル(太陽の軌道)に向かいました。そして苦行を通して得た魔法の矢アストラ スで土星を攻撃し始めました。王の攻撃は、強大な力を持つ土星でさえ震え上が るほど激しいもので、土星はおびえた声で王に言いました。「あなたは確かに宇 宙で最強の王です。しかしもう私の為にその力を無駄に使わないでください。私 は喜んであなたの願いを叶えましょう」 ダシャラータ王は言いました。「おまえを傷つけるつもりはない。私の願いは地 上に川、海、山、森、および人間が存在して、天上に太陽と月が輝いている間 は、おまえにおうし座の三角形を横切ってほしくないということだけだ。地球上 に災厄はあってはならないからだ。」 土星は王の願いを聞き入れ、他にも望みはないかと尋ねました。王は、土星の本 当の姿を見てみたいと言いました。「王よ、未だかつて誰も私の本当の姿を見た ことはありません。しかしあなたには特別にそれが見える特別な視力を与えま しょう。」 すると、王の目に不思議な光線が入り、すぐに土星が目の前に立っているのが見 えました。その姿は想像を遥かに超えた恐ろしいすがたであったため、王は震え 上がり、土星にこれまでの無礼を詫び、元の姿へ戻るよう頼みました。土星はダ シャラータ王の率直さと礼儀正しさに大いに満足し、もっと他に望みはないかと 尋ねました。王は、地上の全てのいきものの安泰を願って、今後は彼らが苦しま ないようにしてほしいと願い、土星も快くそれを承諾しました。こうしてダシャ ラータ王は、首尾よく地球を破滅から救い、都に戻りました。 (「アジアの星物語」/万葉舎 より抜粋) 以上、インドの土星にまつわる神話でしたが、いかがだったでしょう。現代人と しては突っ込みどころ満載ですが、それがヒンドゥー神話の面白さのひとつで しょう。神話の中にいろいろな固有名詞が出てくるのは、それに対応した現象や 神々の背景に大きな体系があることを示唆しています。私たちがよく知っている 神話は、ギリシア神話を主とした日本から遠い西洋の神話が主ですが、より近い アジア圏にも個性的な神話が数多くあります。今回ご紹介した神話は、今年2月 に発売されたアジア圏の星の神話だけを集めた世界初の本「アジアの星物語」 (万葉舎)からの抜粋ですが、もし機会がありましたらぜひ一度お手に取ってい ただければ幸いです(編者注:日下部さんも執筆協力していますので、ぜひ)。 みなさんも一度、アジアの星物語を語ってみませんか? さて、神話では占星術師たちが災いをもたらすと言っていた土星とおうし座の接 近ですが、実際に土星がおうし座付近を通ることはあるのでしょうか。実は、最 近では、2002年にはおうし座の1等星アルデバランとすばる(プレアデス星団) の間あたりに土星はありました。土星は29.5年でおうし座を含む黄道12星座を一 周するので、これは定期的に起きる現象なのです。2002年ごろ、あなたの身の回 りで大きな事件とかはあったでしょうか? さて、最初にも述べたように、土星がしばらくは見頃です。ちょっとした望遠鏡 があれば、惑星の左右に耳がはえたようなかわいい姿の土星を見ることが出来ま す。最近の土星の明るさは0.1等と1等星よりも明るいので、六本木ヒルズの屋上 からでも簡単に見つけることができるでしょう。 「特別な視力」なんてなくても、望遠鏡があれば土星の本当の姿を見ることがで きます。あなたにとって、土星の「本当の姿」はどんな姿に見えるでしょうか。 怖くないことだけは、確かだと思います。 日下部展彦 国立天文台/天文学普及プロジェクト「天プラ」