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2008年1月7日

宇宙望遠鏡という名前

日の丸宇宙望遠鏡、12年にも 大学連合打ち上げ目指す』という記事がasahi.comに載っていました。惑星観測のための小型宇宙望遠鏡ということで、記事中には具体的なプロジェクトの名前が書かれていないのですが、TOPSのことでしょうね。口径は20cmと30cm、ハッブル宇宙望遠鏡の2.4mより一桁小さいですが、惑星専用ということで、汎用望遠鏡であるハッブルにはできない長時間モニタリング観測などで威力を発揮してくれるのでしょう。

記事中、『宇宙望遠鏡としては、米航空宇宙局(NASA)が90年に打ち上げたハッブル宇宙望遠鏡(口径2.4メートル)が、遠方の天体の観測などで大きな成果を上げている。』との記述があります。それはもちろんそうなのですが、日本が打ち上げているすざくあかりひのでなどについては言及されていません。この衛星たちもそれぞれエックス線宇宙望遠鏡、赤外線宇宙望遠鏡、太陽観測専用宇宙望遠鏡といっていいと思うのですが、ISASのサイトでは『**天文衛星』という名前がつけられています。そのためでしょうか、記事のタイトルだけ読むと、日本製の宇宙望遠鏡は今度のやつが初めて、といった雰囲気が感じられます。一般には可視光で(太陽以外の)天体を観測する望遠鏡しか宇宙望遠鏡とは認められにくい、というわけでもないでしょうから、そういうときこそ戦略的に『宇宙望遠鏡』と名前をつけてアピールする、というのも大切な気がします。

投稿者 平松正顕 : 23:17 | 報道にコメント | コメント (0) | トラックバック (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク

2007年9月27日

JST廃止!?

なんかものすごい記事を見つけてしまいました。Yahoo Newsより転載。

2独法廃止・民営化3・統合方針11 行革相「見直し全力で」
9月27日8時0分配信 産経新聞
 政府は26日、独立行政法人(独法)を整理合理化する一環として、科学技術振興機構(所管・文部科学省)、労働政策研究・研修機構(厚生労働省)を廃止し、日本貿易保険(経済産業省)や造幣局(財務省)、国立印刷局(同)を民営化する検討に入った。主要事業が類似している11法人も統合する方針。整理合理化対象の独法の選定をさらに進めていく。

科学技術振興機構(JST)といえば、様々な競争的研究資金によって日本の科学技術研究を強力に推し進めているし、お台場の日本科学未来館の運営を初めとする様々な事業も行っている機関ですが、それを廃止とは。しかも理由がわけわかりません。
廃止対象とした2法人は、国からの財政支援が予算全体の9割を超えているにもかかわらず、給与水準が国家公務員よりも高く「存続させる意味がない」(政府関係者)と指摘されていた。

なんで給与水準が公務員より高いと「存続させる意味がない」になるんでしょうか?存続させるかどうかは、その機関が何をやっているかで判断すべきだと思うのですが。それとも、給料高い機関はつぶしてJSTがやってることは全部文科省直轄にするということなのでしょうか? もしJSTがやってることが完全におとりつぶしになったら、日本の科学技術研究・あるいは科学技術の普及活動の何割かは途端に立ち行かなくなったりするんじゃないかと思います。

『官僚側の抵抗ぶりが浮き彫りに』とかいうのは、マスコミが大好きな対決構図なだけな気もします。冥王星騒動のときも、「自国民が発見した冥王星を惑星に残しておきたいアメリカ vs その他」という構図がでっち上げられていたりしましたが、世の中そんなに単純にふたつに割りきれないでしょうに。対決構図にするとわかりやすくてあんまり考えなくても良くなってしまうわけですが、もう少しちゃんと考えないと脳が錆びます。

産経以外で報じているところは今のところなさそうなので、政府の正式見解ではないのでしょう。流動的な状態の情報が断片的に伝わって来る途中で正確さを失っている可能性があるかもしれません。現状ではなんともよくわからないニュースですが、今後に注目です。

投稿者 平松正顕 : 18:26 | 報道にコメント | コメント (3) | トラックバック (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク

2007年1月28日

検閲?

「あるある大辞典」の納豆ダイエットデータ偽造から時間がたって、別の回でも同じような偽造があったということがわかってきたようです。字幕や映像を差し替えられてしまっては、研究者は何もコメントすることができなくなります。

NASAの彗星探査機ディープインパクトに関する報道のときにも、専門家のコメントに余計な尾ひれをつけて(その結果、その部分は事実と異なる文章となって)新聞記事が作り上げられたことがありました。これも、今回のものと似た例ですね。すべての番組・記事がそうだとは思いたくないですが、まだまだ同じような事例はあるんだと思います。見る側としても、今回のはよい教訓になりました。有象無象のダイエット関連・健康関連商品のCMに限らず、過信しないことが重要なんでしょう。井戸端会議とかちょっとした雑談とか、その程度のレベルでの「信用」しかないのかもしれません。字幕で出る日本語にウソ書いてても誰もわからないだろうなぁ、とは前から思っていたのですが、本当にそういうことが行われていたのはとても残念です。

科学記者さんと話したことも何度かありますが、記事を研究者に見せることは彼らにとっては「検閲」にあたる、という意識なんだそうです。事実の確認をすること、あるいは研究者自身のコメントをチェックするのになぜ「検閲」になるんでしょうかねぇ。事実より「記者の書きたいストーリー」に重点が置かれていて、事実を伝えることが二の次だからでしょうか。そんな意識でいることは、自分で自分の首を絞めているようなものだと思うんですが・・・。自分の作ったものが多くの人の目に触れるときには、それなりの覚悟とか責任とか感じると思うのですが、新聞記事を書いたりテレビ番組を作ったりする方は仕事を続けるうちにその感覚をなくしてしまうのでしょうかね?

科学報道の現場にいらっしゃる方を呼んで、この問題に関する議論をするサイエンスカフェを開いたら盛り上がるねぇ、と今日高梨くんと話しをしたのですが、どうでしょうかね。早稲田大学の科学技術ジャーナリスト養成講座とか、「市民の科学」を標榜している(と僕には感じられる)北海道大学の科学技術コミュニケーター養成講座CoSTEPの皆さんとか、いかがでしょう?

このブログには「報道にコメント」というカテゴリを作ってあります。一日の訪問者がたかだか30程度の小規模ブログで吠えても声が届く範囲は限られているのですが、また気がついたら書いていきたいと思います。

投稿者 平松正顕 : 23:58 | 報道にコメント | コメント (0) | トラックバック (2) | このエントリーを含むはてなブックマーク

2007年1月16日

コトバの力

注) 某紙のジャーナリスト宣言とは関係ありません。

最近、ある案件でデザイナーやコピーライターの方とお仕事をさせていただいています。(この仕事については今年度末にはまた改めてご紹介できると思います。) 普通の理系学生であればあまり触れる機会の無い、そういう「プロ」の方との10時間缶詰作業を2回経験してみて、強く印象に残ることがあったのでここに記しておきます。

感銘を受けたのは、コピーライターの方がコトバに向かい合うときの意識です。もちろんコピーライターというのはコトバで生きている方なので、その意識が一般の人間と比べて高いのは当然なのですが、やはり一緒に仕事をするとその違いがよく伝わってきます。文法的な知識にもしっかりと基づきながら、文章の天文学的内容を理解しながら、そして全体のストーリーを吟味しながら、丁寧に言葉を選んでいく様子に感銘を受けました。出来上がる文章というのは別に技巧を凝らしたものでもなく、読むときにはすらっと読めてしまう文章なのですが、その「すらっと」感を出すのがいかに大変なことかというのを身をもって感じることができました。

僕もこうやってたまにはブログを書いていて、高梨くんと交互に書いている星ナビの連載コラムはもう3年近く続いていて、ニュートンムックの文章執筆のお手伝いもさせていただきましたが、まったくもってコトバの扱いが雑だったなぁと少々反省しているところです。いきなりいろいろ考え出しても書けなくなるので、これまでよりもう少し意識して文章を書く、ということにしたいと思います。

これまでにも、このブログで科学記事などについて意見を書いてきました(報道にコメント カテゴリ)。あるいは、大学でサイエンス・ライティングの講座を開講している方が書いた文章に触れることも多くありました。そういう文章を書いている新聞記者さんやサイエンスライターと呼ばれる方たちもコトバで生きているわけなのですが、高い意識を垣間見ることができる文章を皆が皆書いているかといえば、必ずしもそうでないように思います。過剰な演出(時には嘘)が意図的に入っていたり、不正確な情報に基づいていたり、平易に解説しようとして本質を外していたりする文章が散見されるような気がするのです。少なくとも、大学でサイエンスライティングを教える方には、もう少しそのあたりのコトバに対する意識を持って欲しいと思います。

投稿者 平松正顕 : 01:16 | 報道にコメント | コメント (0) | トラックバック (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク

2006年12月28日

宇宙で見る目

人工衛星ネタがいくつかあるので、まとめてご紹介。

地球が見える -アタカマ高地の電波天文台群
JAXAが今年1月に打ち上げた陸域観測衛星「だいち」が撮影した、チリ・アタカマ高地の写真が公開されています。タイトルにもあるとおり、標高5000mくらいあるこの地方の乾燥した気候が天文観測にとても適しているということで、すばる望遠鏡他があるハワイ・マウナケアの次の観測天文学の"聖地"になりつつあります。右の自己紹介写真のうしろに写っている大きなパラボラアンテナ = ASTE望遠鏡も、ここにあります。JAXAのページの図4に上空からの写真があります。あらためて衛星写真を見ると、よくこんなところまで行ったもんだという気がしてきます。観測適地を世界中探し回ってこの地を見つけた、日本の天文学者に敬意を表したいと思います。

図5には、カリフォルニア工科大学の観測施設CBIと、もうひとつ建物が建っています。JAXAのページではヨーロッパの電波望遠鏡(=我々の最大のライバル)APEXと説明がありますが、APEXはもうちょっとチャナントール山の麓の近くにあったような気がします。僕が現地に行ったのは約1年半くらい前ですが、こんなところにこんな建物はなかったような・・・。となると、最近姿を現したらしいALMAの山頂施設AOSでしょうか。今度行く機会があったら確かめてみたいものです。

きく8号、アンテナ展開成功
おなじくJAXAが今年12月18日に打ち上げた技術試験衛星「きく8号」のアンテナ展開のニュース。2枚合わせてテニスコート2面分の巨大なアンテナだそうです。地上の携帯端末などとの通信の試験のための衛星なので、この衛星が天文観測するわけではないのですが、でも天文観測にとっても意味のある衛星です。それはもちろん、巨大なアンテナです。衛星を上下ひっくり返してアンテナを宇宙に向ければ、宇宙電波天文衛星の完成です。きく8号は実際にはそんなことしないですが、1997年に打ち上げられて活躍した電波天文衛星「はるか」の後継機、ASTRO-G計画が進行中です。大きなアンテナはそのままもっていくには大きすぎてロケットに入りきらないので小さくたたんで宇宙で開くわけですが、このASTRO-Gも「きく8号」と同様に10mくらいのアンテナを広げて電波望遠鏡にします。打ち上げは2011年予定とのことですが、また新たな宇宙が開けることでしょう。

太陽系外惑星探査機COROT(コロー)打ち上げ
こちらは今朝バイコヌール宇宙基地から打ち上げられた衛星です。現代天文学の一大トピックスである太陽系外惑星の探査を本格的に行う衛星で、これまでの地上からの観測では見つけられなかった、地球のような小さな惑星の発見を目指しているとのことです。読売の記事タイトルは「人間住める惑星探せ!」となってますが、これだと将来の移住を前提にしているように読めてしまいますね。現実的にはそんなこと目指していないので、ちょっと誇大表現でしょうか。とはいえ、地球のような惑星が宇宙にどれくらいあるのか、というのはずっと昔から天文学者を含めたたくさんの人が疑問に思っていたことなので、答えが導き出されると人間の宇宙観が大きく変わってしまうかもしれませんね。楽しみです。

投稿者 平松正顕 : 23:43 | 報道にコメント | コメント (0) | トラックバック (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク

2006年12月26日

88億光年の彼方

僕と同じALMA推進室所属の研究員さん他の研究成果が大きく報道されました。88億年前の銀河に大量の分子ガスを発見、というニュースです。読売毎日朝日日経、など。記者会見は金曜日にあったのになかなか報道されないなぁと思っていたら、論文掲載誌が25日発行だったのでそれに合わせたのですね。

国立天文台のトップページからも、詳細な報告のページに飛べます。きれいにまとまっているし、周辺の情報もたくさん掲載されてて読み応えのあるページです。

最近ブログを書く人も増えてきて、ちょっと検索するとこのニュースを取り上げている人がたくさんいることがわかります。「88億光年」とか「太陽5000個分」とか刺激的な言葉が多いので、気に留めてくれる方も多くいらっしゃるのでしょうね。元のニュースを見てなくてもそういうブログ読んで興味を持ってくれる人が増えるという意味で、さらに裾野はひろがっていくのでしょう。

某紙は最初「新星続々誕生」という見出しを出していたのですが、今は直されてますね。新しい星を新星と呼びたくなる気持ちはわかるのですが、天文学用語で新星って言うのは新しく生まれた星ではなくてむしろ死んでいくほうの星なので、ここでは不適切です。ということにツッコミを入れているブログもあったりして、よく知っている人もいるんだなぁと思ったりもします。

ブログでもうひとつ目に付いたのは、「88億年前の銀河を観測してるのに、なぜ結果を現在形で書くのか?」という、言われてみれば至極最もな疑問です。「大量のガスがある→あった」、「星が生まれている→生まれていた」という風に、過去形で書くべきではないかと。これまで僕もいろんなところで天文の話をしてきましたが、そういう意識のギャップはこれまで感じたことがなかったのですが、実はみなさんそういう違和感を持っているものなのでしょうか。天文学やってる人間は現在形を使うのが普通ですね。それは、特に観測に基づく話では、「現在」の姿を見ることができないので、人間の目に光が届いた時点を「現在」として扱うからですね。光の速さは有限ですから、「今この瞬間」の宇宙全体を見ることができるのは「神」のような存在でしかありません。もちろん理論的予測はできるので、「現在」を語ることが無意味ではないのですが。このあたり、日常の感覚とはどうしてもずれてしまうので、難しいところです。

さて、今回の観測が行われた野辺山のレインボー干渉計は6台の10m望遠鏡からなる野辺山ミリ波干渉計と45m電波望遠鏡とを繋いだ、ミリ波(波長が数mm、周波数なら100GHzくらい)では世界最高レベルの感度をもつ電波望遠鏡です。野辺山はすばらしい施設ですが、他の多くの研究機関と同様、残念ながら潤沢な資金があるわけではないようです。今回の記者発表は論文の掲載がこの時期だったので仕方ないですが、例えば来年度予算が決まる前に大きな研究成果の発表なんかできたら、少しは状況がよくなったりしないのかなぁ、と思ったりもします。そういう発表の仕方には賛否両論あるかもしれませんし、過当競争になって嘘の発表をするようになっては元も子もないのですが、成果を最大限に引き出すためには、そういう『狙ったプレスリリース』がもうちょっとあってもいいのかもしれません。

欧米ではクリスマスに合わせたいろんなリリースがでていたりするのですが、今回のプレスリリースも「クリスマスプレゼント」と思えばいいタイミングですね。NORADのサンタクロース追跡とまでは言わないまでも、タイムリーなプレスリリースがあるとより身近に感じてもらえるかもしれません。最近だと国土地理院が出した「硫黄島が隆起してる」発表は、意図していたのかどうか知りませんが、硫黄島の映画の盛り上がりにちょうどぴったりで、うまいなぁと思ったものです。

投稿者 平松正顕 : 01:02 | 報道にコメント | コメント (0) | トラックバック (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク

2005年12月29日

失敗と成功 -はやぶさの場合

さて先日のエントリーを受けて、今回は「はやぶさ探査機」の話題です。はやぶさの奮闘はまだまだ続いていますが、日経新聞の清水正巳編集委員が「研究の失敗に寛容な風土はできるか」という文章を書いておられます。はやぶさ情報発信で大活躍された松浦晋也さんのblog「松浦晋也のL/D」で紹介されていたので、私も感想を述べておきます。松浦さんのblogのトラックバック/コメントされている文章を全部読んでいないので、どなたかの意見とほとんど同じことを言っているかもしれませんがご容赦を。

清水氏の文章は、

『日本の小惑星探査機「はやぶさ」による小惑星イトカワの探査ほど、成功したのか、失敗したのか分からないプロジェクトはない。(中略)成功も失敗もあやふやにして逃げを打つようなプロジェクトの進め方は、科学技術への失敗に寛容な風土を築くという点ではマイナスではないか。』
という言葉から始まります。しかし、天文学や宇宙探査に限らず、これまでの研究プロジェクトであれほど詳細な進行状況が逐一発表されたプロジェクトはあったでしょうか? ロケット打ち上げでも、成功すれば1,2分の報道がなされそのあとは全くといっていいほど情報はなく、失敗すれば「開発と打ち上げにかかった費用は○○億円」と金額が前面に押し出されるだけです。そもそもはやぶさはJAXAのウェブにも前から明記されている通り、複数の到達目標が連結されたプロジェクトなのですから、個々の目標に関しては成功か失敗かの判断ができても、ミッション全体を通して成功と失敗のどちらか一方に決め付けることは非常に難しいのではないでしょうか。そもそも、そのようにどちらかに決め付けることが意味を成さないといってもいいかもしれません。うまくいった点もあれば、うまくいかなかった点もあります。はやぶさ探査機の元の名前は MUSES-C、MUSES は Mu Space Engineering Spacecraft:即ち工学実験探査機 の略です。各所に書かれている通り、工学実験テーマであったイオンエンジンの本格的利用と光学管制による自立飛行、小惑星とのランデブー・離着陸など、世界的に見ても一歩進んだ技術を実際に使って飛行したことは(たとえサンプル回収ができなくとも)大きな成果だったはずです。

清水氏のいう『失敗に寛容な風土』、これを作るには、しっかりとした情報の共有が不可欠です。成功か失敗か、それだけの情報では失敗に寛容になどなれるはずがありません。何を目指していて、どういう点がうまくいかなくて、どのような解決策が見出せそうなのか、それを理解して初めて、失敗に寛容になれるかどうかが判断できるのだと思います。

そしてもうひとつ、そのような風土をどの層に対して求めているのでしょうか。研究者?政治・行政?一般社会? 個人的な印象では、その風土から最も遠いのはむしろ清水氏を含めたマスコミの皆さんなのではないでしょうか。松浦さんのブログに逐一報告されていた記者会見での記者の質問にも、「成功なの?失敗なの?」というどちらかの『解答』を求める質問がよく出てきます。そして実際の報道では、下手をすると失敗の方が大きなニュースになって取り上げられかねない印象があります。もちろん失敗でもきちんと報道されるべきですが、それがどのようなミッションで何がどのようにうまくいかなかったのか、それがきちんと報道されるべきでしょう。開発にかかった金額を提示して納税者意識をあおって終わり、「大きな花火でしたね」という形の報道ではとても真実は伝わりませんし、失敗に寛容な風土も育めないでしょう。

清水氏の文章は以下の分で締めくくられます。
失敗してもそれを率直に認めずに取り繕ったり、失敗を恐れて低い目標を掲げるようになったりしては科学技術立国もありえない。見境なく研究費をばらまくような研究バブルは厳に戒めなければならないし、研究の管理や成果の評価はしっかりしなければならない。だが、志の高い研究には失敗しても研究費を惜しげもなく注ぎ込む度量も必要だ。総合科学技術会議は研究の善し悪しを見抜く力が一層求められる。
これには賛成します。しかし松浦さんも指摘されたように、はやぶさ をめぐる認識の違いはこの結論を弱めてしまいます。

はやぶさミッションに関して、「おおすみ(日本初の人工衛星)以来の報道体制」が敷かれたことは、とてもよかったと思います。ランデブー、ロボット投下、複数回の離着陸と立て続けにイベントがあったことも継続的な報道につながったのだと思います。しかし(人手が足りないのは承知の上で)まだまだJAXAにも色々望みたいところはあります。当時、情報が一番速くて詳細だったのはJAXAのページではなく松浦さんのブログでしたが、これはやはり改善するべきでしょう。イトカワ表面への降下の時などはオフィシャルブログが立ち上がりましたが、人手不足からでしょうか、ミッションが佳境に入ると更新が止まってしまう、ということもありました。さらに気がかりなのは、最後に「資料採集に失敗の可能性大」との発表がなされたあと、一般には「なんかうまくいかなかったとかいうヤツ?」程度の認識しか残っていないのではないか、という点です。サイエンスゼロやクローズアップ現代では「はやぶさ」のまとめが行われていましたが、新聞や民放の番組でも各イベント時の断片的な報道だけでなく、同様のまとめ企画があるといいなと思います。

投稿者 平松正顕 : 23:30 | 報道にコメント | コメント (0) | トラックバック (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク

2005年9月23日

誤報の続き

こう続くとイイ気分になりませんが、もうひとつ誤報を見つけました。中日新聞です。

http://www.chunichi.co.jp/00/sya/20050914/mng_____sya_____002.shtml

名古屋大学のNANTEN望遠鏡がチリのアタカマにお引越しをして、観測を始めた、という記事です。問題は中段の

『より周波数の高い「サブミリ波」の本格的観測ができる施設としては世界で唯一だ。』

唯一なわけがありません。僕らが関わっているASTEも、ハワイの山頂にある SMA も JCMT も CSO もアメリカ本土の HHT もヨーロッパの KOSMA も南極の AST/RO も今は引退したチリの SEST も、富士山頂の東大の望遠鏡だってサブミリ波を観測できます。これら先行望遠鏡が『本格的』でないとしたら、何が本格的な観測なんでしょう。

こういう明らかな間違いはどこで起きてしまうのでしょうか。研究者がそんなことを言うとはとても思えません。研究者仲間はもちろん、NANTEN望遠鏡は熱心な一般サポーターが多くいらっしゃるわけで、その方々にだってこの記事が間違っていることはわかるでしょう。研究者が「こういう条件でこういう観測ができるのは世界で唯一」と言ったのを『世界で唯一』だけ取り出して使ってしまったのでしょうか?

先日の朝日新聞の記事の件でも触れましたが、『初めて』『唯一』がニュースとして価値を持つことはわかります。しかし今回の場合、その価値は捏造されたものでしかありません。この記事で意図的にその捏造が行われたのか、単にミスなのかはわかりませんが、ますます他の記事への信頼性が失われていきます。

このような単純なミスをなくすには、記事を一度取材元の人に確認してもらうことが一番だと思うのですが、どうもマスコミの方々は『検閲だ』といってそういうやり方はしたくないようです。「誰の目から見ても正しい記事」にすることがなぜ検閲なのでしょう? すくなくとも科学上の『初めて』『唯一』には、個人的な意見が入る余地はあまりありません。もちろん研究結果については解釈の違いが現れることがありますが、今回のものはその類のものではありません。『外部権力に屈しない』と言うプライドなのかもしれませんが、その結果間違った記事ができてしまうようでは、そのプライドは邪魔なものでしかないのではないでしょうか?

投稿者 平松正顕 : 23:48 | 報道にコメント | コメント (0) | トラックバック (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク

2005年9月12日

意図的な嘘報

選挙戦で報道合戦も盛り上がっていたようですが、ひとつ科学ニュースに対してコメントを。

NASAの Deep Impact による衝突探査が行われたテンペル第一彗星に関して、朝日新聞が記事を書いています。僕は彗星の専門家でもないし、この記事のもとになった論文も読んでいないので記事本体に対しては特にコメントできるわけではありません。

コメントしたいのは、研究員の談話を『引用』している部分です。この研究員さんは、実は研究室で僕の真向かいに座っていらっしゃる方で、この記事に関しての電話での取材のときも、僕は真正面に座っていました。僕はもちろん自分の研究を進めているわけですが、何度も何度も繰り返して説明している部分は聞こえてきます。「有機物の証拠が見つかったのは今回が初めてではありません。」

なのにどうでしょう。記事には『核の内部に有機物が豊富に存在することも初めて分かり』と書いてあります。当の研究員さんも、この記事を見てひどくがっかりされていたようです。あんなに強調していた部分がこんな書かれようでは、それも当然です。

これはミスではなく明らかに意図的な『演出』でしょう。「記者は専門家ではない」、「正確さにこだわりすぎれば全体が伝えられない」などということを報道の方から聞くことがありますが、今回はそんなレベルの話ではありません。真面目にコメントしてもこの有様では、コメントする気も失るのではないでしょうか。「間違ったことを言った」という話が研究者サイドで広まってしまうかもしれません。これではコメントする側もやってられないでしょう。『初めて』のたった3文字が、双方にとって大きな損失をもたらすかもしれません。この記事の内容が正確に伝わらない、ということにとどまらず、記事を書く人間の態度が問題です。

この新聞記者だけが持つ問題なのか、社の問題なのか、あるいは社に関係なく科学記者がダメなのか、あるいは記者なんてみんなテキトーに記事書いてるのか。世に流れる科学記事なんてごく少数ですが、他の記事もそうなんだろうかと考えると何も信じられなくなりますね。

多少の正確さを犠牲にしてでも内容を伝える、ということが必要なのはわかるのです。でも、明らかな嘘を書くのはやめていただきたいものです。

投稿者 平松正顕 : 22:03 | 報道にコメント | コメント (4) | トラックバック (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク

2005年7月5日

DEEP IMPACT

ごぶさたです。6月は観測と研究会と研究打ち合わせのためにチリとアメリカに出張していて更新できませんでした。アメリカではボストンとニューメキシコ州のアメリカ国立電波天文台に滞在しました。アルバカーキでは地元の博物館でプラネも見てきました。書きたいこともいくつかあるので、またの機会に。

高梨日誌、塚田日誌でも取り上げられてなんだか書かないといけない雰囲気な Deep Impact ですが、別の作業をやりながら NASA TV で衝突の前後30分くらい見てました。世界中の人が繋いでるはずなのにさほどストレスなく中継を見ることができ、NASAのサーバーの強さにも驚きです。インパクター衝突が確認された瞬間の歓喜のコントロールルーム、よかったですね。そして衝突数分前まで研究者がカメラの前で解説しているのも驚きでした。しっかりと自分の言葉でミッションの魅力と意義を伝える場が準備されていることはとてもすばらしいことだと思います。

日本でも、当日のニュースでよく取り上げられていました。NHKは夜7時と10時のニュースで結構しっかりと報道していましたね。CGや模型を使って、どんな計画か、何がわかるのか、についてちゃんと解説していました。ただ、10時のニュースでは、塚田君の報告にあるとおり映画ディープインパクトの1シーンを持ってきて、スペースガードの話と関連付けて報道していたのが気になります。

「彗星核の正体や太陽系の起源に迫るだけでなく、将来地球に衝突する可能性のある小惑星/彗星が見つかった時に備えて、インパクター衝突による軌道修正の可能性を探る。」

というのがNHKの言う Deep Impact ミッションの説明だったんですが、そんな目的があったんですか?初めて聞いたんですけど。NASAのプレスキット (pdf) にも「軌道は変わらないだろう」って書いてありますし、スペースガードの話は一言も書いてありません。ミッションの名前から映画を連想してしまうのは当然ですが、勝手な憶測に基づいた報道だとしたら、それはやめてもらいたいものです。NASA スタッフからの裏情報なら知りませんが。

さらに、高梨日誌に書いてある翌朝の民放での放送、僕が見たのと同じかもしれません。僕はそのコーナーの最後だけをチラッと見ただけなのですが、朝9時半くらいでしたかね、キャスターの横のモニタに「総予算 360億円」とかかれてあったように思います。そしてとある方がボソッと「壮大なる無駄遣い」と言ったような気がしました。僕の聞き違いかもしれないのでどなたの発言かは書きませんが、著名なジャーナリストです。ハッブルやすばるのきれいな画像も、マーズローバーの成果も、160を超える系外惑星の発見も、一連の無駄遣いなんですかね。ぜひ一度聞いてみたいです。無駄遣いであるという意見なのであればどこがどう無駄遣いなのか、しっかりと議論していただきたい。ちゃんとした考えもない、言いっぱなしのコメントはやめて欲しいですね。と同時に、こういうミッションで何がわかって何が面白いのか、をきちんと伝えていく必要もあるでしょう。明日は内之浦から エックス線天文衛星 Astro-E2 の打ち上げがあります。それで何がわかるのか、何が面白いのか、しっかり伝えていきましょう。

投稿者 平松正顕 : 21:02 | 報道にコメント | コメント (0) | トラックバック (0) | このエントリーを含むはてなブックマーク